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〔挨拶および自己紹介等は省略〕
本日の講演の構成ですが、過去から未来へ、時間を軸にしています。
まず始めにお金の歴史について話をし、続いて、お金の問題点について、ゲームというかワークショップみたいなものを交えて話します。
次に、金融の歴史を簡単に話します。ここまでがその後の話を理解するための予備知識、基礎知識です。
そのあと、ロスチャイルドに関連した世界史を話します。
現在は過去の積み重ねで出来ていますから、まず過去を顧みて、それから現状の説明をします。
そして最後に、これからどのような未来を築くべきなのか、私なりの提案をさせていただきたいと思います。
まずはお金の歴史なんですが、実は、お金の定義というものは、あまりハッキリとしていません。学者さんによって色々なことが言われていますが、共通しているのが、機能として「交換の媒介物」となるもの、「価値の尺度」となるもの、「価値の貯蔵手段」となるもの、この三つは皆さん共通しています。
その他に重要な機能としては「投機的利益の道具」となるもの、「支配の道具」となるもの、等があります。
私たちは通常ひとつのお金しか使っていませんが、実はお金の形態はひとつではありません。
私たちが普段使っているお金、円とかドルとかポンドとか元などですね、これは国が法律で認めているお金でNational currency、国家通貨とか国民通貨と言います。
その特徴としては、強制通用力を持っていること。国によってその効力が定められていて、誰も受け取りを拒否できないんですね。
もうひとつの特徴としては、汎用性があること。いつでも、どこでも、だれにでも、何にでも使用できて非常に便利です。
さて、この国家通貨以外に、地域通貨というものがあります。英語で言えばLocal currencyとかCommunity currencyなんて言われますが、これは特定のコミュニティで信頼に基づいて発行されるお金の総称です。総称ですから、決してひとつのものではありません。地域通貨にも色々な種類があります。
その特徴としては、強制通用力がありませんから、任意、合意によって成立するものであること。
もうひとつの特徴としては、機能が限定されていて、ゼロもしくはマイナス利子であること。さらに使用範囲が限定されていることです。お金の機能を交換と価値尺度に特化させているんですね。
| 発行主体 | 種類 | 目的 | |
|---|---|---|---|
| 市民貨幣 | 商品貨幣 貝殻貨幣 金属貨幣 等々 | LETS WIR タイムドル等々 | 交換手段を得るため |
| 政府貨幣 | 鋳造貨幣 | 税収を集める ため | |
| 商業貨幣 | 紙幣 | 利潤を得るため | |
この図は、誰がどんな目的でどんなお金を発行してきたかというのを一覧にしたものです。
お金のない時代、私たちの祖先は、共同体の中で自給自足をしていました。
ただ、自給自足というのは、自ら生活に必要なものを全部つくりださなければいけないので、非効率的で、なかなかの重労働であったりします。
また、その地域で取れないモノや、不足してしまう時もありますので、物々交換の必要性が生まれます。
ただ、この物々交換というもの、交換の方法としては効率的ではありません。
例えば、私が普段、海で魚を捕っているとします。毎日毎日魚ばかり食べているので、たまには「お肉でも食べてみたいなぁ」と思うようになります。
そこで、今日捕った魚を持って、牧場へ行き、「魚と牛肉を換えてください」とお願いします。
その牧場主さんが魚好きなら問題ありませんが、「そんな生臭いものは喰えねぇ」とか言われてしまうと交換が成立しません。
しかたなくお肉は諦めて、今度は野菜との交換を目指して畑に行きます。
「すみません。この魚と野菜を交換してください」
「いやー、魚は好きなんだけど、この前、たくさん交換しちまって、干物にして食べきれないぐらい持ってるんだよ」
と言われると、やはり交換が成り立ちません。
このように、物々交換は、お互いの欲求や必要性が一致しないと交換がスムーズに行えないという不便さがあります。
そこで発明されたのが、交換の媒介物として“お金”です。
お金とは何かというと、それを持ってくれば「相当分の何かと交換しますよ」という取り決めだったわけです。つまり、突き詰めて言えば、お金の本質は“情報”なんです。
お金が発明されたことにより、いつでもどこでも誰とでも何にでも交換できるようになりました。これは非常に便利ですね。
また、人には好き嫌いや得手不得手があります。例えば、私が絵を描くのが好きで、非常に上手いとします。しかし、いくら絵が上手くても、お金がなければ、やはり自分の必要とするものは自分でつくらなければなりません。そうすると、絵を描く時間もなくなってしまったりします。
しかし、お金が媒介となることで、私は好きな絵を描いて、それを売り、生活に必要なものを手に入れることができます。
つまり、お金が人と人を結ぶ道具となり、人間は初めて「自分の好きなことをしながら生きていくことができる」という自己実現の可能性を手に入れます。
こうして交換の媒介物としてのお金が使われることにより、分業化が促進されていきました。
また、分業化することにより、専門性が高まり、効率性が向上したり、より高度な技術が開発されたりして、文明が発達していくことになります。
お金の発達段階は世界各地によって様々ですが、個々にみていく時間がないので、ざっくりとまとめてみました。
まず初めにお金として使われたのは、お米や小麦、塩、油、布、皮、牛、羊など、誰もが生活していくにおいて必要とするモノでした。
誰もが必要とするから、交換の媒介物として成立したわけですね。
しかし、これらの商品貨幣は、自然物ですから時間と共に品質が悪くなったりします。
また、例えば牛がお金だったとして、少額の取引きをするたびに切り刻むというわけにはいきませんね。
つまり、商品貨幣には、劣化するという問題と、分割に不便という問題がありました。
次に世界的に使われたお金は、貝殻のお金です。
タカラ貝などのキレイで粒の揃った貝殻は、非常に珍しく、アクセサリーとして使われ人気がありました。
なぜ貝殻がお金として使われたかといえば、それはその希少性に基づいています。 非常に珍しく、人気があった。だから誰もが欲しがった。誰もが欲しがるから交換の媒介物として成立したわけですね。
しかし、希少性に基づくということは、充分な数がないということです。例えば、交換する品物がたくさんあっても、その媒介物が少なければ、充分な交換が行えなくなります。さらに、数少ない交換の媒介物を巡って競争が促進されることになります。
やがて鉱山の発掘技術が発達してくると、金属がお金として使われるようになります。金・銀・銅などですね。
これも希少性に基づいたお金です。非常に珍しく、人気があったので、交換の媒介物として成立したわけです。
金属には、お金として非常に優れた性質がありました。それは、品質があまり劣化せず、分割が割と容易にできるという性質です。
品質が劣化せず、長い時間経っても価値が変わらないので、お金に「価値の貯蔵手段」という機能が加わります。
ただ、この頃は、金属そのものがお金として使われたので、取引きのたびに重さを量ったり、純度を調べたりする必要がありました。
本当にこの金属は金100%なのか?何か違う金属が混ざっているんじゃないだろうか?という点では、品質に不安があったわけです。
そこで次にできたお金が鋳造貨幣、いわゆるコインですね。
これは重量や純度が一定であるとお墨付きを得たものです。
しかし、誰もが勝手にお墨付きを与えられるわけではありません。どこの誰かも知らない人間のお墨付きなんて信用できませんから。
そこで、信用があった貴族や国王など時の権力者に貨幣発行権が集中することになります。
ここで、重量や純度が一定であるために、お金に「価値の尺度」という機能が加わります。
それと、お金の総量は「どれだけ金属が発見されたか」によりますが、誰にどれだけ分配するかを決める権限を、貨幣発行権を持つ国王などが持つことになります。
誰にどれだけお金を分配するかを決める権限を自分が持った時のことを想像してみてください。どれだけの大きな権力を手中に収められるか。
こうして、お金に「支配の道具」という機能も追加されます。
中世ヨーロッパでは、国王が定期的に鋳造貨幣を回収して、税金として金属を少し削り取ったり、あるいは削り取った分、他の金属を混ぜたりして、新たに刻印し返却していました。
この作業を担当したのが金細工師です。
金細工師の家には、集められた貨幣を保管する大きな金庫があり、当時のお金持ちたちは、金貨を自分で所持していると泥棒に入られたり強盗に襲われたりするので、金細工師の金庫に金貨を預けていました。金細工師は、その保管料をもらうというビジネスです。

AさんがBさんと何か取引きをした場合、Aさんは金細工師へ預り証を渡し、預けてあった金を引き出します。
そして、その金でBさんへの支払いをします。
その金を受け取ったBさんは、やはり金を持っていると泥棒に入られたり強盗に襲われたりするので、金細工師の金庫に預けます。
そうすると金細工師は、Bさんへ預り証を渡します。
結果だけを見ると、AさんからBさんへ金の所有者は変わりますが、 金が金細工師の金庫にあることは変わりません。

で、あれば、A氏からB氏へ預り証を渡せば、結果的には同じ事になります。
こうして、金の保管所の預り証で決済する方が安全で便利なので、この預り証がお金の役割を持つことになりました。紙幣の誕生です。
ところが、皆が預り証で決済するようになると、金細工師の金庫に金は眠ったままになります。
そのことに気がついた金細工師は、この金を元手としてお金に困っている人に紙幣の貸し付けを始め、利子を取るというビジネスを思いつきました。
これが近代的な銀行制度の始まりです。
ですから、当時のお金=銀行券という紙幣は、それを銀行に持っていけば相当分の金と交換できる兌換券でした。
こうして、お金は銀行ローンに基づくお金に変身し、お金は銀行から融資を受けた時につくられるようになります。
これを信用創造と言います。

銀行の信用創造は、 将来価値の先取りになります。このことについて少し説明しましょう。
Aさんが銀行家から100万円借りて、利子込みで110万円返済するケースを考えてみましょう。
Aさんは融資を受けた100万円を事業に投資します。
原材料の仕入れに人件費、燃料費などの減価償却費のコストに付加価値を加えて売上げを110万円あげれば、初めて銀行家に110万円を返済することができます。
仮に、120万円の売上げをあげれば、初めてAさんの手元に10万円の資産が残ります。
逆に、もし110万円を返済できない場合は、何かしら担保に入れた実物財を没収されることになります。
つまり、信用創造は、Aさんが将来的に経済活動によって価値を産み出すことを前提に、そこで得られる成果を先取りしている行為なのです。
この時、銀行がおこなう作業といえば、ただ銀行券を印刷するだけです。銀行の保有する何かしらの実質的な財を貸し出すわけではありません。

この貸付けの元となっている金は、銀行家のモノではありません。顧客の金を内緒で勝手に利用しているのですから、これは詐欺的行為です。
でも、そのことは秘密にされてきたので、誰からも文句が出ることはありませんでした。
ただ、たまに困ったことが起きました。
金の持ち主である顧客が、何かの理由で一斉に金を引き出しに来た時です。
銀行家の金庫には、紙幣の分だけの金は存在しません。
そういう時には、他の銀行家から一時的に金を借りて、その場を凌ぎました。

逆に、他の銀行で取り付け騒ぎが起きた時は、融通してあげます。
こうして後ろめたいことをしている同士、銀行家間で秘密のカルテルを形成していくことになります。
一度、引き出された金も、やがてはまた銀行家の金庫へ戻ってきます。
そして、もし、この銀行家同士が家族であれば、金は常にこの一族の金庫の中にあることになります。
資本主義の発展と共に、多くの銀行が誕生し、それぞれの銀行が預り証として銀行券を発行するようになりました。
お金が、銀行が発券する紙幣に変わっていくと、これまでのように国家がお金をコントロールすることができなくなりました。
それで、政府と銀行の間でひとつの取引きがおこなわれます。それは、銀行は政府がお金を必要とする時は必ず供給する。代わりに、銀行がお金を発行し管理する権利を得るという協定です。
こうして19世紀後半から銀行券は中央銀行のみが発券するという制度が誕生し、世界各国へ広まっていくことになります。
1929年、ニューヨークのウォール街で株式が大暴落したのをきっかけに、世界大恐慌が起こりました。
経営がおかしくなった企業は、銀行に駆けつけて預金を引き出します。
はじめのうちは要求に従っておとなしく銀行券を渡していた銀行も、苦しくなった企業が増えるにつれ、預金引出しを渋るようになりました。
そうなると預金を引き出すのに銀行券をもらうのが不安になり「金で返せ」というようになります。しかし、それだけの金貨が銀行にはありませんでした。既にみてきたように、銀行は手持ち以上の銀行券を発行していたのです。
ますます銀行券は信用されなくなり、兌換要求に応じられない銀行は倒産に追い込まれました。
そうなると倒産した銀行に預金していた企業や融資を頼っていた企業も巻き添えになり、倒産してしまいます。
このように倒産の嵐が吹き荒れ、失業者が街にあふれてしまったのです。こうして大恐慌が原因となり、主要各国の金本位制は崩壊しました。
この時に、第一次地域通貨ブームとも言うべきムーブメントが起こります。第一次と言っても、少し前までは皆ローカルな通貨だったわけですけど。
オーストリアのヴェルグルやドイツのシュヴァーネンキルヘンの成功をみて、世界各地で地域通貨がつくられました。この時期アメリカだけでも4000もの地域通貨がつくられています。
いろいろなタイプの地域通貨がつくられましたが、成功したものは二種類で、ひとつは地方政府が主体となって必要な公共事業を起こし、その労働に対して地域通貨を支払うというタイプのもの。もう一つは、企業が自ら生産した財を担保として発行したタイプの地域通貨です。
しかし、いずれも「国家の通貨システムを乱す」という理由で禁止されてしまいました。
その後、世界は混沌のままに第二次世界大戦に突入していきます。
戦後、世界の金の65%が米国に集中したそうですが、その理由の一つは、第二次世界大戦が膨大な物資の消耗戦であり、米国がその資源供給国となったため。もう一つは、英国から米国に資金が移動してきたためと言われています。
この、金が米国に集まっていたことが決め手となり、1944年に開かれたブレトン・ウッズ会議で、米国は世界の銀行という役割を担うことになります。
ドルが世界の基軸通貨となり、「米ドルのみが金と交換可能で、他国のお金は米ドルと交換できる」という金為替本位制がとられることになりました。
翌年に開かれたヤルタ会談では、戦後の世界統治について話し合われ、資本主義諸国を米国が、共産主義諸国をソ連が統治していくことが決められ、米国は世界の警察という役割も担うようになります。
そして、戦後、同盟国の復興や軍隊派遣でドルが大量に国外へ流出していくことになります。
米国は、金の準備量をはるかに超えたドルを発行し、金との交換を保証できなくなりました。
そして1971年、当時の大統領ニクソンが、ニクソン・ショックと言われるドルと金の交換停止を発表します。
これにより金為替本位制は崩壊。お金はこれまでの兌換券から不換券へと転換しました。お金の裏付けとなるものが何もなくなったのです。
それまでは銀行へ預けた金をいつか返還してもらうための「預金者の債権証書」であった銀行券が、立場を逆転し、銀行へいつか返済しますという「銀行の債権証書」となってしまいました。すべてのお金は銀行への負債からつくられ、銀行券は銀行へ返済する証文となったのです。
金という楔を失ったおカネの発行量は際限なく膨れ上がり、金融市場はまるで糸の切れた凧のように不安定なものとなっていきます。
では、お金の価値は何によって決められるかと言うと、需要と供給のバランスによって価値が決まる変動相場制が採られるようになりました。
この頃からコンピューターの発達に乗って投機が過熱していきます。お金が「投機的利益の道具」となったわけですね。
コンピューター上の数字となったお金は、一瞬たりとも休む間もなく利潤を求めて世界中を駆け巡るようになります。
年間の通貨取引量は300兆ドルまでに膨れ上がり、これは全国家のGDPの10倍もあって、お金は地球を数個も買うことができるオーバーテイク状態となりました。
この実物経済からかけ離れ巨大に膨れ上がった投機マネーが、1990年代後半に世界各国で金融危機を引き起こすことになります。
そしてまた、国家通貨で生活できなくなった人たちの間で、地域通貨が復活し始めました。